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     地域観光プロデューサーに聞く
P2-5 【特別インタビュー】
 

野間 テレビ番組から映し出される関口さんの旅の姿は、見たもの、ふれたものをそのまま表現する自然体が印象的でした。そうした姿勢は、従来の旅行商品のつくり方にも示唆を与えると感じていますが。

関口 旅行って普通、目的地や見たいものが決まっていますよね。僕の体験上、目的地が決まっている旅行は、それを行うことによって何を獲得したいか、何を獲得できるかがすでに決まっています。例えば、「ロンドンに行ってビッグベンを見る」のが目的なら、旅行前にビッグベンについて調べて、到着して「これが本物だ」と確認する。次にやることといったら、記念撮影くらい。でも、それで心の中の何かが変わるでしょうか? それだけでは、行った証拠を残すためだけの旅になってしまうかもしれません。僕の体験では、名所旧跡よりも『何の変哲もない出会い』の中にこそ、心動かされるものがたくさんありましたよ。
 実は、僕は元々旅があまり好きではなく、海外旅行をしたいとは思っていませんでした。わざわざ休みをつぶしてお金をかけて海外へ行って記念写真を撮るくらいなら、日本で日本食を食べながらハイビジョンテレビでそのシーンを見ているほうが、録画もできるしよっぽどいいと思っていました。ハイビジョンの画面は生で見るより綺麗ですし、写真なら僕よりプロが撮った方が上手い。好奇心を満たす消費財が身近に氾濫している現代、写真を撮りに行くような旅なら、わざわざ行く必要はありません。だからこそ、『何の変哲もない出会い』をする旅がしたかったんです。そういう意味でも、番組内で描いた絵日記はそれを表現するうえで大きな力となってくれました。言葉で伝えるとなると、その時僕が感じたことを的確に表現できないこともある。誰にでも理解でき、さまざまな気持ちを込めることのできる絵日記は、出会った人々とコミュニケーションを図るうえでも大切な存在でした。

 

野間 番組を拝見していると、行った先々で子どもになつかれて一緒に遊んだり、家に招き入れられて土地の食べ物をご馳走になるというシーンが多かったですよね。現地の人とのコミュニケーションを重視されていた点でも視聴者の関心を高めたと思いますが、こうした番組づくり、旅に対するスタンスは当初から意図的だったのですか。

関口 いいえ。当初は鉄道の旅も、各地の郷土料理を食べるだとか、線路の切り替えボタンを特別に押させてもらう中継だとか、僕が見飽きているそれそのものの企画内容だったんですよ。視聴者も、そういうのにはもう飽きているのではないでしょうか。事前に設定されている場所や食べ物、出会いをこなして喜ぶ旅の時代ではもうないですよ。ですから僕は、本当に自然な出会いの旅をしたんです。僕自身、そういう旅番組を見たかったので。僕は変わっていて、出演者のくせに、「番組に出たい」よりも「番組を見たい」と思っている部分の方が強いんです。それがちょうど、テレビ的な演出や企業の狙いを見抜いている視聴者の感覚やニーズと重なったんでしょうね。
 それは従来の番組のつくり方からすると、あれもこれも「0」からの構築になってしまうので大変なんですが、新しいものを生み出す時って必ずそうなんだと思うんですよね。旅行業界も同じじゃないですか?

 

野間 2007年に中国大陸を鉄道の最長片道ルートでめぐる旅に挑戦されました。旅行業界でも中国は非常に重要なデスティネーションです。関口さんの鉄道紀行をテレビで見て、関心をもたれた方も中高年の男性を中心に多かったと聞いていますが、昨年は一転、食の問題、四川大地震、チベット問題が重なったこともあって、旅行者数が落ち込みました。減少の背景には、一部に日本人の心理的な感情もあると思いますが、関口さんの番組から伝わってくるのは人々の素朴な笑顔ばかり。むしろ構えることの不自然さも考えさせられます。ご自身では中国の旅を通じてどんなことを感じましたか?

関口 日本は、生きていくために衣食住の心配をする段階を超え、満ち足りた世界になりました。でも、それは逆に生きている実感を持ちづらいともいえる。中国は地域によってはまだ発展途上であり、彼らは生きていくことの大変さの中にあります。すなわち、生きている時間、密度が濃いんです。旅の途中、たった3時間しか会っていない女の子が「この出会いは一生忘れません」と言ってくれる場面がありました。そういう感覚って、僕たちはなかなか持ちづらい。国も生まれも違う者同士が、広い世界の中で出会う価値を知っているんです。中国人に会って僕は、自分が生き物なのだと再認識できました。中国には、人が本来持っている魅力やエネルギーがあります。それは昔の日本にもあったもの。彼らと会うと、僕たち日本人は大切なものを思い出させてくれるんですよ。それが、僕が見てきた中国の魅力です。
 安全が気になるなら、10年後の中国に行けばいいでしょう。しかしかし、きっとそれでは、人の生きるエネルギーや人に対する温かさは、今の日本と同じ状態に
なっているでしょうね。そういう意味では、中国へ行くなら今のうちですね。個人的には、中国が持つ人間のエネルギーと、日本が経験した豊かさの弊害の経験を交換しあえたら、お互いに素晴らしいのにと思っているんです。日本人は本来のエネルギーや心の魅力を思い出させてもらい、中国人は急激な高度成長の落とし穴とそれを回避するノウハウをもらえる。それは個人でも企業でもできること。そして、最も価値ある交流だと思います。僕の中では、万里の長城見学は、そのついでで十分といった感じなんです(笑)。

NHKの番組内では、その日、印象に残った出来事を絵日記で紹介。
この絵日記をきっかけに車中で交流が生まれることもあった。

  

上:物事に対する先入観の怖さ、旅の持つ交流の力を描いた「知らなかったこと」。
シンプルで深い言葉は関口さんならでは(中国鉄道大紀行1より)
  

右:知り合った人に誘われて行った男性だけの料理倶楽部の一コマ(スペイン鉄道の旅より)。

インタビュー:野間麻衣子(左)/ 近畿日本ツーリスト勤務、トラベルジャーナル記者を経てフリーランス。海外旅行、販売マーケティングを中心に取材活動する。


野間 関口さんの旅は日本でも中国でも、効率やスピードを追わない、わざわざ回り道する旅でした。しかも、関口さん自身は、それを回り道と感じていないようでしたが。

関口 番組の企画趣旨もありますが、ふだん私たちが求めている効率やスピードとは関係ない、出会いや思いもよらない発見が重要だったんです。そもそも、旅に出てすぐに帰りたいなら、家にいればいいんですから。旅って人生に似ていて、目的通りに最短の道を行くことばかりが旅の成功ではありません。「急がば回れ」は旅にも人生にも通じていると思いませんか? 目的だけを達成する、思い通りの旅が実現したら、それはもしかすると旅じゃないのかもしれません。

野間 今の旅行会社の旅行商品は、数の論理を追いながらお客様のニーズをできるだけかなえるためにさまざまな努力をしています。「思い通り」は面白くないですか?

関口 確かに、目的地に行って楽しむ旅行も悪くない。でも、それだと人生の中の休憩になってしまうような気がしています。僕は休暇の旅には興味がない。休憩や休暇は、休みに入ったときから終わりが見えていて、初日からすでに「あと数日で休暇が終わる」って思ってしまうんです。
 多くの人が、旅行に行くと「あれ見てこれ見て」と忙しい。なぜそんなに旅を忙しくしなくちゃいけないんだろう。それはもちろん、旅行で「手に入れたいものリスト」があるからですが、それだと目的だけをちぎって持ち帰ることになってしまいます。例えば、スペインに行ったらトマト投げのお祭りを見て、闘牛を見て、アルハンブラ宮殿を見て、それだけを旅の土産として持ち帰ってきてしまう。祭りや闘牛はスペインという文化・国を構成するほんの一部でしかないのに、それでスペインを知った気になってしまう。僕はスペインの旅で、スコットランドの民族楽器だと思っていたバグパイプに出会いましたが、そういう「意外な部分」が抜け落ちてしまう感じでしょうか。それって、結局スペインを自分のイメージ通りに確認して帰って来るようなもんなんですよね。つまり、旅する肝心な意味がない。お坊さんみたいなことを言うようですが、目的を持ってそれを得ようとするほうが損なこともあるんですよね、実は。逆に得ようとするのを止めてみると、自分にとって奇跡のような体験が得られる。少なくても僕の旅はそうでした。

 目的や予定のない旅は、何が起こるか分かりません。思い通りになることが少ない人生のシミュレーションのようなものであり、それを疑似体験できるのが旅だと思います。自分が思い描く旅を実現してしまったら、旅行が終わったら明日から仕事という現実に戻るだけです。でも違う経験をしたら、明日からの仕事の仕方が変わるかもしれない。鉄道の旅の後、仕事で思い通りにならないことが起きたときに旅の経験を元に回避できたことが山ほどありました。つまり、仕事の仕方が変わった。僕にとって鉄道の旅は、旅を終えた後に元の日常に
戻ったのではなく違う日常が始まった、たぐいまれなる経験でした。それこそが旅の力ではないでしょうか。今、そうした「休憩して日常に戻る旅とは違う何か」を探し始めている人も多いんじゃないでしょうか。ただ、旅行商品でそれをしようとするのは難しいですよね。偶発的な出来事の満ちた旅じゃ、そもそもツアーにならないし(笑)。ただ、ツアーに参加するにしても、「目的通りになることが旅の成功ではない」ことを知っていると、それだけでもう何かが変わるんですよね。それはお薦めできるかな。


鉄道の旅では、同じ車両に乗り合わせた人々との何気ない会話が弾み、笑顔がこぼれる。
特に子どもとの交流も多く、視聴者からの反響も大きかった。


中央:大都市の中に仏教寺院が混在する姿を見開きで描いた作品。「時空対象都市」という表現も印象的。
(中国鉄道大紀行1より)
右:ブリンエンツ・ロートホルン鉄道で大自然に抱いた「畏れ多くて有り難くて愛おしい気持ち」を表現。
(スイス鉄道の旅より)


 

野間 関口さんのように現地の人とコミュニケーションをとることは、思わぬ出会いや発見を誘発することになりますよね。旅への行動をかき立てる重要な要素であるコミュニケーションを得る手段の提供が不足しているのも、旅行業界の課題のひとつかもしれません。

関口 また禅問答みたいなことを言いますが、現地の人と積極的に話したいという思いは、時に障壁になります。話をすることで達成したい目的がこちら側にすでにあるわけで、そうならなければ不満になりますからね。「言葉ができないからだ」とかね。そうではなく、時にただ目的もなくその場所に立っているだけの方が、よっぽど素晴らしい経験ができる場合があります。旅の途中、「お腹空いたなぁ」と思っていると、なぜか「うちで食べていけ」という人がよく現れた。それも今思えば、僕の「目的」に相手を沿わせるわけではないから、よっぽど相手の思いが自然に出て、僕が空腹なのも自然に感じとったんでしょうね。言葉ができないことなんて関係ない。日本人だけですよ。旅行する前に言葉が話せるようにならなくちゃなんて思うのは。そういう心の障壁を取り払うと、自分の思い描く範囲以上の体験に出会えたり、果ては世界は繋がっているって感動ができたりするんじゃないかな。

野間 長期で過酷な旅が続いたにもかかわらず、多くの視聴者に感動を与え、旅への憧憬をかき立てた関口さんの旅人としての経験には、旅行をつくったり売ったりするうえでも大きなヒントがありそうです。最後に、関口さんが感じる「旅の力」とはなんでしょうか。その力にふれるためにはどうすればいいでしょうか。

関口 1つは、ほしいモノだけを追い求める『予定旅行』をするなということ。もちろん、ある程度予定は必要ですよ。ただ、最終目的まで『予定』しないでほしいですね。それが思い通りになってしまったら、人生の疑似体験ができる旅の力を殺してしまうと思います。目的地に行って写真を撮ったって、ほとんどの人が「あら、あのときの写真どこにしまったかしら」ってなるでしょ。最近の若い人は昔ほど写真をパシャパシャ撮る旅をしない。満ち足りた日本に生まれた彼らは、写真を撮りに行くだけの旅行にはもう興味がないのかもしれません。ただ、だから便利な日本からわざわざ出て行かないという問題もありますけどね。旅は人生との向き合い方にも直結している。
  なのでもう1つは、『旅は新しい人生に出会えるチャンス』だと知ることでしょうか。僕の体験上は、この2つが大切だったかなと思っています。

 
1972年7月1日、東京生まれ。
立教大学経済学部経済学科卒業。
1996年に俳優デビューし、ドラマ、映画など数々の作品に出演。音楽活動や番組司会など、多方面で活躍。
2004年、NHK「列島縦断鉄道12000km最長片道切符の旅」で、JR線の日本列島縦断の旅を皮切りに、日本全国、さらにはヨーロッパ各地の鉄道を乗り継ぎ、2007年には中国大陸を最長片道ルートで巡る旅にも挑戦。
現在、世界で活躍する日本人を訪ねる「関口知宏のファーストジャパニーズ」(NHK-BS1、再編集版は総合テレビ)に出演中。

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