5月号インデックス特集│旅の力│JATA NOWVWCニュース Cafe de JATA 添乗員のための旅行医学バックナンバー
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P6 【旅の力】

 日本有数のリアス式海岸である陸中海岸。岩手県・田野畑村はその中でも絶景で知られる北山崎を抱えながら、大半の観光客が展望台に寄るだけの典型的な通過型の観光地でした。ほかの地域同様、住民の高齢化、主要な産業である林業、漁業の衰退は避けられず、100万人弱の観光客がただ通過していくだけの現状に危機感を抱いた田野畑村は2003年、現在の「体験村・たのはたネットワーク」(第6回オーライ!ニッポン審査委員会長賞受賞団体)の前身となる体験村・たのはた推進協議会を設置。海や山での体験を主体とした21の体験プログラムを作成し、翌年から活動を開始しました。初年度は全プログラムを通して450人弱の利用者数でしたが、プログラムの質の向上や料金体系の見直しを行った結果、旅行会社との取引も始まった2006年には、利用者は約2,000人まで増加。特に、村の漁師がアワビやウニを採るために使用するサッパ船で遊覧する「サッパ船アドベンチャー」は、地元テレビ局が取材に来るなど人気のプログラムに。田野畑村の認知度も上がり、推進協議会をNPO法人化した2008年にはプログラム利用者が5,868人と増加し、2009年は7,998人に。林業、漁業、農業従事者がガイドをすることで彼らに副収入が生まれるなど、観光が経済に寄与し始めています。

 田野畑村の体験プログラムのガイド50人は、ほとんどが漁業、農業、林業を営む第一次産業従事者。日本全域で顕在化する第一次産業の衰退化に観光の面から歯止めをかける策ともいえます。しかし、最初はガイドを募集しても応募者がいなかったと「体験村・たのはたネットワーク」コーディネーターの楠田拓郎さんは語ります。「サッパ船アドベンチャーの利用料金を3,500円にし、ガイドへの謝礼を高くしたのも、“やってみたい”と思ってもらうため。早朝に漁を終えて一休みしている日中に対応してもらうには、ボランティア精神にだけ頼っていては持続しません。今では、多い人で年間150〜200万円のガイド料の収入があります」。この金額はガイド本人の向上心にも火を付ける結果となり、田野畑村ならではのガイドの質の維持にも繋がっています。

 体験プログラムの利用者の増加には、旅行会社のツアーによる送客が大きいようですが、ほかにも理由があるのではと楠田さん。「個人観光客には旅行会社のパンフレットに掲載されていること自体が信用に繋がるようです。また、全国に配布されるパンフレットは広告以上の宣伝効果があります」。2年以上前から田野畑村に送客し、今やサッパ船が北東北ツアーの目玉のひとつになっているというクラブツーリズム第2国内旅行センター北東北担当の杉本健さんも「地元の素晴らしいところをうまくPRできていない地域は数多くあります。そういった地域や体験プログラムを旅行会社がツアーで取り上げることが、宣伝効果になります」と語ります。

 体験プログラム導入で村での滞在時間は増えたものの、この地で40年以上民宿を営む「ひらいが海荘」の畠山拓雄さんによると「宿泊客数はこの数年下げ止まっているが、やはり社会全体の景気に左右される」のが現状です。そこで村では、2008年から小中学生の民泊に力を入れています。当初70軒だった受け入れ家庭は90軒に増え、2009年は8校の受け入れを実現。今年もすでに複数校が決定しています。受け入れた家庭の多くは、「孫が帰ってきたみたいで楽しかった。次があったらまた声かけて」と前向きな姿勢で、民泊による収入より、子どもたちとの交流が村民の活力になっています。一方、村にとっては民宿との両立も重要です。「民宿登録はしているものの、繁忙期しか営業しない民宿もあります。民宿泊が増えれば、食材の調達など村全体への経済効果は大きい。そこで、閑散期にも開業して収入源としてもらえるよう、学校には民泊と民宿泊の組み合わせで提案しています」(楠田さん)。

 実際に村の経済全般に観光はどのくらい貢献しているのか。田野畑村役場観光推進班の渡辺謙克さんは「村の税収増や雇用増には、残念ながらまだ現れていません。しかし、北山崎の観光客数は毎年2,000〜3,000人単位で増加し、村内の宿泊客数も僅かずつではありますが増えています。入込客数が増えて滞在時間が長くなれば、昼食を村でとることも多くなることから、村が所有する遊休施設をレストランに改装して営業するなど波及効果はあります。また、村民の観光に対する意識も前向きになっています。旅行会社にはそういった村の取り組みに対応していただけると嬉しいですね」と語ります。旅行会社として田野畑村とはよい関係を築けていると言う杉本さんも「旅行会社の改善要望に対応してくださる田野畑村に対して、我々は送客で応える。どちらかが恩恵を受けるだけの一方的な関係ではなく、地域と密な協力関係を持ちながらやっていきたい」と語ります。
 ツアー参加者に田野畑村での体験を紹介することで旅の楽しさを提供し、それが新たな経済的効果を生み地域の活性化に繋がる。さらに田野畑村の人々に旅を通じた交流による生き甲斐を与える。旅行会社が「旅の力」を前面に出し、地域活性化の一助になる関係が育っているといえそうです。


アワビやウニ漁に使用する小型の漁船(サッパ船)に乗り、リアス式海岸を海から眺める。途中、トンネル状の岩場をくぐり抜けるなど、小型船ならではの工夫がされている。村の漁師がガイドを務める。
陸中海岸北部の中でも有数の景勝地、北山崎や鵜の巣断崖を中心とした自然遊歩道などのトレッキング。第一次産業を営む村民がインストラクターを務める。
 インストラクターを頼まれた時は、自分たちがいつも見ている何気ない風景を観光客が喜んでくれるのか、お金を払ってくれるのか半信半疑でしたが、実際に始めてみると皆が北山崎の断崖絶壁や山の風景に感動してくれました。そこで初めて、自分の住む村の素晴さに気づかされました。特に最初の頃は、観光客は少ないし、単価も確定していなかったんですが、村役場の渡辺さんが来てから一気に整備されました。その頃からですかね。観光客が増え始めて手応えを感じ始めたのは。価格が決まったことで、「お金をもらって案内をする」ことに自覚を持ち、勉強もこれまで以上にしましたし、何しろお客様の喜ぶ顔が嬉しい。むしろ自分たちが楽ませてもらっている上に、ガイド代までもらってしまっていいのか?と思うほどです。
 最初の頃はガイドになろうとは思ってもいませんでした。ただ、ガイド登録した漁師仲間をみていたら興味が湧いてきて…。もともと船は自分のものですし、ライフジャケットを用意する以外は大きな費用はかからないなど最初のハードルが低かったのもよかったですね。始めてみると、「地元がこんなにすごいところだったとは」と驚きの連続。参加者が歓声を上げて喜んでくれるのを見る度に嬉しくなりますね。船は燃油代がかかるので収入は必要ですが、それよりもお客さんとの交流が嬉しいです。
 民泊も受け入れていますが、最初は女房が乗り気ではなかったんです。でも、ガイドをしているのに受け入れていないのも格好がつかないから「1度でいいから」と…。よっぽど楽しかったんでしょうね。子どもたちが帰った後、「次はいつ?」なんて聞いてくれてね。ガイドを始めたことで、毎日が楽しく、やりがいがあるんですよ。
 観光客の滞在時間は増えましたが、民宿としては宿泊を促したいですね。今の体験プログラムは日帰りが可能ですから、今後、宿泊者ならではのプランなどを考えていきたいです。
 今、村では学校の体験学習旅行を誘致して民泊を進めていますが、民宿側から見ると民泊の意義は理解できても、全面的な賛成はできないもの。その点、体験村は閑散期に、民泊1泊に対して民宿泊を1〜2泊のセットにして誘致してくれるので助かっています。田野畑村の民宿はどこも家庭的。民泊と同様に、食器洗いや布団の上げ下げなど、民宿ならではの体験学習もしてもらっています。ただ、1泊だと子どもたちがようやく慣れてきたあたりでお別れ。交流の意味でも2泊してくれると、もっと言葉を交わすことができるのに…と思います。

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