JATA経営フォーラム報告 第28回JATA経営フォーラム2020 開催報告
『既存事業深化とイノベーション「両利きの経営」を目指して』

更新日:2022年08月10日


2020年2月21日開催

JATA経営フォーラム2020 開催報告
『既存事業深化とイノベーション「両利きの経営」を目指して』

JATAは2月21日、東京・六本木の“六本木アカデミーヒルズ49”で「JATA経営フォーラム2020」を開催しました。
『既存事業深化とイノベーション 「両利きの経営」を目指して』をメインテーマに掲げた同フォーラムには、会員企業の関係者など300人以上が参加。基調講演と特別講演に加えて、「海外旅行2000万人時代」「デジタルネイティブ時代」「ユニバーサルツーリズム」「テレワーク」をキーワードに4つの分科会も開かれ、 パネリストらによって「旅行業革新」への道筋を探る熱い議論が繰り広げられました。


JATA経営フォーラム2020 会場の様子

【プログラム】

  • 特別講演 : 「令和に憶う旅」    中西  進氏
 

【開会挨拶】

JATA会長 田川 博己

JATA会長 田川 博己

まず、最初に、新型コロナウィルスの感染が現在、世界的に拡大してきており、ツーリズム産業はもとより、経済活動全般にまでその影響を広げてきています。
JATA本部では、観光庁と緊密に連携し、今なすべき対策と回復期におけるリカバリー対策について協議を行っています。その成果として、雇用調整助成金の特例対応が決定しました。
こうした雇用調整助成金などの経営支援情報をはじめ、国内外における新型コロナウィルス感染症に関連する情報を発信する専用サイトも開設しています。一企業では分からないような色々な情報が数多く掲載されていますので、ぜひ、積極的に御活用いただければと思います。皆様からも情報を提供していただき、業界全体で情報を共有して、次のステージへ進んでいけるようにしたいと考えさせていただいておりますので、改めて、会員の皆様のご協力をお願いいたします。 また、武漢からの帰国者を受け入れていただいた勝浦地区は、現在、風評被害に苦しんでいます。このような風評被害は、今後、全国各地に広がっていくことも想定されますので、JATAとしては、時期を見て「旅の力」で日本を元気にする役割を果たしていきたいと考えております。
さて、昨年を振り返りますと、1964年に渡航が自由化されてから50年以上をかけて、業界にとっての長年の夢であった日本人海外旅行者数2000万人を達成することができました。その背景には、査証条件の緩和などによるインバウンドの伸長が航空路線の拡充につながって、アウトバウンドの増加にも資する形になったという経緯があり、インバウンドとアウトバウンドの相乗効果とも言えると思います。日本人海外旅行者数2000万人達成を踏まえて、次のステージで重要なのはその中身です。今日の分科会でも、更なる飛躍に向けて、大いに議論されることを期待しています。
今回の経営フォーラムは、「既存事業深化とイノベーション 『両利きの経営』を目指して」を総合テーマに、変化の時代に求められる経営の一助となるような構成としました。両利きとは、変化の著しい昨今の環境において、中核事業を維持しながらイノベーションを起こし、新たな成長を追求していくことです。
基調講演では、多数の著書でも知られる株式会社経営共創基盤の冨山和彦代表取締役CEOに「両利きの経営に求められる経営リーダーシップ」というテーマで講演していただきます。
また、分科会では、「デジタルネイティブ時代の新たな旅行会社のカタチ」と銘打ち、他産業の事例なども参考にこれからの旅行会社の役割について掘り下げます。
また、今年最大のイベントは、何といっても東京オリンピック・パラリンピックです。2013年に東京での開催が決定してから、これまで最も成果をあげたものの一つに、「共生社会実現の機運醸成」があると思います。経営フォーラムでは今回、初めてユニバーサルツーリズムを取り上げました。
さらに、もう一つ、五輪開催決定後に進展した事例として、テレワークの浸透があげられます。新型コロナウィルスの感染拡大により、改めて注目を集めているテレワークは、オリンピック開催による交通混雑の解消に向けて、国や東京都もテレワークの導入を呼びかけています。
そしてフォーラムのトリを飾る特別講演では、元号「令和」の考案者でもある「高志の国文学館」の中西進館長に「令和に憶(おも)う旅」というテーマで、「令和」と「旅」に寄せる想いをお話しいただきます。

 

 

【来賓挨拶】

観光庁  国際観光部長  髙科  淳氏

髙科 淳氏

2019年の訪日外国人旅行者数は前年比2.2%増の3188万人と、2013年以降7年連続で過去最高を記録しており、この間に約4倍まで拡大しています。
また、持続的な観光産業の発展を実現するためには、インバウンドだけでなく国内旅行やアウトバウンドの振興も重要な課題であると考えています。
日本人出国者数は2019年に2008万人を記録し、過去最高であった2018年よりも5.9%増加して、2020年に2000万人という政府目標を1年前倒しで達成いたしました。 現在、新型コロナウィルスの世界的な流行に伴い、中国人の訪日団体旅行の中止、日本人の中国行きツアーの中止など、旅行業界に大きな影響が出てきております。
観光庁としては、まずは、状況をしっかりと見極め、正確な情報発信による風評被害の払拭などに取り組んでいきたいと考えております。
今年はいよいよ、東京オリンピック・パラリンピック競技大会が開催されるなど、日本各地の魅力を海外に発信する絶好の年でもあります。各市場の状況を見極めながら、適切な時期に機を捉えたプロモーションを実施していくとともに、国内外からの多くの観光客に地域を訪れていただけるよう、地域の観光コンテンツの充実、受入環境の整備などをさらに進め、訪日外国人旅行者数4000万人等の目標達成に向けて、全力で取り組んでまいります。
アウトバウンド振興については、若者のアウトバウンド推進実行会議を立ち上げ、海外渡航経験がない20歳の若者に海外体験を無料で提供する「ハタチの一歩~20歳初めての海外体験」プロジェクトに取り組んでいるところです。今年はこうした取り組みに加え、海外修学旅行などを通じた青少年交流、直行便就航都市や運航便数の拡大を捉えた新たなデスティネーションや観光ルートの開発などを積極的に推進してまいります。
今日お集りの皆様こそが観光先進国実現に向けた旗手・リーダーであることを強く意識していただいた上で、今後の旅行業界の発展に向けた議論を深めていただければ幸いです。

 

 

【基調講演】「両利きの経営に求められる経営リーダーシップ」

株式会社経営共創基盤(IGPI) 代表取締役 CEO  冨山 和彦氏

冨山 和彦氏

世界はグローバル化とデジタル革命の進展で大きく変化しました。80年代から始まったデジタル革命は、初めにIBM、次いでマイクロソフト、そしてアップルといった各時代を象徴する企業を産みつつ第3期を迎えています。これまでに世界を席巻した多くの有力企業がかつての力を失い主役が交替してきました。現在はいわゆるGAFAが世界を席巻していますが、アップル社以外はいずれも創業20年もたたない企業です。技術も実績もあったはずの企業たちが、ポッと出の新興企業の前に敗れ去ったわけです。

このような破壊的なイノベーションに基づく産業構造の変化は、実は誰にも見通せない偶然の産物です。予想は大体外れます。ちなみに、今でこそ人々が称賛するアップル社のスティーブ・ジョブズ氏ですが、彼がアップル社をいったん退いた80年代後半に、シリコンバレーで彼を称賛する人も復活を予測する人も、1人たりともいませんでした。破壊的イノベーションはまさに偶然の産物であり、誰にも見通せないのです。ですから不確かな偶然に賭けて破壊的イノベーションの創造や自作にこだわったりせず、産み出されたイノベーションを使いこなすために努力を傾注するのが正しい経営です。

デジタル革命もフェーズが変わろうとしています。2012年当時の米国では、自動運転は数年で実現し16年頃には無人車が走り回っていると予想されていましたが現実は違いました。なぜならバーチャルの世界におけるデジタル革命の進行と自動運転では事情が全く異なったからです。基本的にヒマつぶしの道具であるSNSや音楽・動画配信アプリのプログラムならば、たとえバグがあっても誰かがケガをしたり人が死んだりするわけでもない。だから早めに試して失敗して修正して、いち早く市場を押さえた者が勝てたわけです。しかしリアルでシリアスな世界では、そこで競うゲームに求められる内容が変わってきます。

グーグルなどがバーチャルな世界を総取りしたように、エクスペディアなどの企業が旅行の付加価値を総取りすると、かつては考えられました。しかし観光の分野にそのような存在は生まれないでしょう。なぜなら実際に人がそこへ行き交流・体験し食事をしアナログに成立するのが観光だからです。また旅館やホテルはリアルなオペレーションと切り離せない存在だからです。
日本の観光は大きなチャンスを迎えています。デジタル革命のおかげで日本の魅力を世界中に発信できるし、新興国はさらに豊かになりインバウンド需要が拡大します。だからこそイノベーションの波を力にするのか、それに飲み込まれてしまうのか、経営者の力が試されます。そこで重要になるのが両利きの経営です。破壊的イノベーションに備え新たな事業領域やアイデアの探索に投資する一方で、投資を支える既存事業を磨き深化させる。両方のバランスを取りながら経営していかねばなりません。

いつの時代にも観光の現場に欠かすことができず実際にモノを言うのは、オペレーションの改善を地道にコツコツと重ねていくことです。これは日本企業の強い部分、改良型イノベーションで対応できます。しかし破壊的イノベーションに備えた未来への投資も欠かせません。そのためには、まったく異なるタイプの才能と人材が必要で、組織内における異文化の共存と多様性への対応を図っていかねばなりません。氏素性の異なる者が共に仕事をするストレスは大きいはずですが、そこを乗り越えていくのが大切です。
観光産業は間違いなくこれからの日本を支える基幹産業です。ピンチと思われる局面をチャンスと捉え経営改革に邁進していただきたいと思います。

【分科会】

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  • 分科会B  デジタルネイティブ時代の新たな旅行会社のカタチ

    座  長 :
    大槻 厚氏  株式会社日本旅行  取締役常務執行役員 個人旅行統括本部長

    プレゼンテーター :
    伊藤 かおる氏  KNT-CTホールディングス株式会社  国内旅行部 課長
    加藤 大祐 氏  株式会社JTB  個人事業本部 事業統括部 MD戦略担当マネージャー
    西  剛氏  株式会社びゅうトラベルサービス  営業戦略部 部長
    宮口 直人氏  株式会社JTB総合研究所  客員研究員

  • 分科会C  今や成長領域!最新事例から学ぶユニバーサルツーリズム

    モデレーター :
    渕山 知弘氏  KNT-CTホールディングス株式会社  グループ事業推進本部地域交流部 課長
    (JATAユニバーサルツーリズム推進部会 部会長)

    パネリスト :
    小島 永士氏  全日本空輸株式会社  CEマネジメント室 CS推進部 担当部長
    篠塚 恭一氏  株式会社SPI あ・える倶楽部  代表取締役
    関    裕之氏  株式会社JTB 個人事業本部 事業統括部  全社ユニバーサルツーリズム推進担当マネージャー

 

【特別講演】「令和に憶う旅」

「高志の国文学館」  館長 中西 進氏

中西 進氏

旅というものは、人間が生まれ落ちた時から背負っている「私」というものの半分の世界であるという気がします。その旅を具体的に考えると、昔から「知」と「情」と「意」という三つのテーマがあったように思います。
まず、最初に「『未知』への探求」というテーマです。
私たちは「未知」なるものへの飽くなき欲求を持っていると思います。そして、このことこそが、旅というものの大きな根幹ではないかと考えます。 私は今、漠々とした時代の中にいるのではないかという気がしてなりません。
さしあたって何もしなくても、飢え死にすることもないだろうし、さりとて、大金持ちになることもない。核武装をしているんだから、核戦争をやったら地球が終わりになってしまう。まあ、黙っていても、戦争はないだろうと。
この「なんとなく」というのが非常に多い時代は、人間を物憂くだるいものにして、なんとなく毎日を過ごしているというようなことになってしまいます。
「令和」がのちにどういう時代だったと括られるか考えると、退嬰的な時代というようなことになるのではないかという気がします。
「『未知』への探求」は、退嬰的な時代にあって自分が逆の生き方をするチャンスが残されていることでもあり、それが旅の持つ一つの意味合いとなるのではないでしょうか。

二番目のテーマは、「『非日常』の開発」です。
民俗学では、「日常性」を意味する「ケ」という言葉に対して、「非日常性」を表す「ハレ」という言葉があります。
「ケ」と「ハレ」という対照の中から、農民たちの民俗を探ろうとするわけですが、私は、「ケ」と「ハレ」を違った別物ではなく、入れ子型の考え方を提唱したいと思います。
「草枕」が旅なら、「手枕」が家ですが、発想としては、「手枕」という日常にいながら「草枕」という旅経験もできるのではないかということです。万葉集の中に「真旅」という言葉があります。「本当の旅」という意味ですが、本当の旅があるなら、偽りの旅もあるはずです。要するに「実感」を重んじて区別をしており、「草枕」と「手枕」を入れ子型で考えると、新しい旅経験をできるのではないかと思います。
さきほどの「『未知』への探求」は「知性」の分野ですが、「ケ」と「ハレ」というのは、霊気というようなものを感じることにも通じますから、こちらは「感性」の分野ということになります。その感性の中で、自己の変換も可能なのではないかということなんです。旅に出ると、もう一つの私というものが出てきて、それが何かを実習することで、日常生活に「旅の私」というものが取り込められるという旅経験です。

三番目は、「『廻ること』の確認」です。
旅は「たぶ」という言葉から来ています。万葉集では「けぶり」も「けむり」も出てきますが、「たぶ」も「たむ」と同じです。「たむ」というのは、田んぼを回るという意味ですから、旅も「廻る」ということになります。
「廻る」という円環には、永遠性があります。旅経験は円環でなければならず、旅に出たら還ってきて、また、旅に出なければなりません。
旅は帰ってきて終わりかというと、終わっていないんです。円環性というところに旅の「聖なる性格」があります。ですから、旅を表す言葉として「還る」という言葉が沢山あるんです。「還らんか」「帰りなんいざ」という風に「かえる」という言葉が、旅の歌に沢山出てくるというのは、そういうことなんだろうと思います。
還るというのは、原点に戻るということです。人間の活動の中でも非常に大事なものであり、強い意志を持って行うものでもあります。
最初の「知」、二番目の「情」、最後の「意」という精神活動をフル稼働して、還ってくるのが旅ということです。
自分を広げ、自ら変化して、最後は還る。この三つが、私が令和に憶う旅であります。